2010年4月13日
<魅力いっぱい人工空間>
山下公園通りのイチョ
ウ並木は、四月がいちば
ん美しい。
昼もいいが、夕暮れ時
に街灯がともると、まだ
小さなイチョウの葉が透
き通るように輝く。
臨港鉄道のレールが撤
去されて、公園はすっき
りした眺めになった。噴
水の向こうに白い船が走
る。この美しい海岸公園
が、関東大震災の瓦礫を
埋めた跡に造られたこと
を知る人は少ない。
SEO 上位表示 横浜
修学旅行の生徒たちが、
「赤い靴はいてた女の子の
像」のまわりで写真を撮
っていた。お国なまりの
おしゃべりがほほえまし
い。
すっかり新しくなった
大さん橋を歩く。
起伏のある木の道は足
触りも優しく、さん橋と
は思えないほどだ。屋上
の斜面には芝が植えられ、
ところどころにベンチも
ある。
みなとみらい21地区の
背の高いビルのユニーク
なスカイライン。振り向
けば弧を描くベイブリッ
ジ。水平線がない海。自
然のものは空と雲と鳥だ
け。人工の景観が逆にと
ても新鮮に感じられた。
大さん橋国際客船ター
ミナル内の出入国ロビー
は、まるで木造船の中の
ようだ。階段と柱がない。
ロビーにはショッピング
ゾーンや、コーヒーショ
ップもある。
大さん橋からは、臨港
鉄道の線路跡を利用した
「山下臨港線プロムナー
ド」で赤レンガ倉庫方面
へ行けるが、日本大通か
ら関内駅へ向かった。
道沿いには開
港ゆかりの記念
碑やクラシック
な建築が多い。
県庁本庁舎、横
浜税関、開港記
念会館の塔はそ
れぞれ、キング、
クイーン、ジヤ
ックの塔と呼ば
れている。横浜
公園では色とり
どりのチューリ
ップが満開だっ
た。
海風に吹かれながら、
新しい散歩道に出合えた
思いがした。JR根岸線
石川町駅下車。(歩いた時
間約2時間)
カテゴリー: 未分類 | コメントはまだありません »
2010年4月8日
<眺める位置で風景様々>
JR桜木町駅前の広場
に出ると、目の前に横浜
ランドマークタワーがそ
びえ、クイーンズスクエ
ア横浜の3棟の壁面が海
に向かって次第に低く連
なる。その先にヨットの
帆をイメージした形のホ
テルが白く輝き、日本丸
のマストと、巨大な観覧
車がその間をつなぐ。
翻訳 横浜
各地の都市がそれぞれ
に姿を変えているとはい
え、この景観はやはり横
浜だけのものだ。
横断歩道を渡って汽車
道を歩く。板を張った道
に貨物線のレールが残し
てあり、古風な三つの鉄
橋もある。水の上を渡る
風が心地よい。
通り抜け空間がある変
わった形のビルをぐぐる
と横浜赤レンガ倉庫が見
えてくる。レストランな
どが入っており、イベン
ト会場としてもにぎわっ
ている。
新港サークルウォーク
と名付けられた楕円形の
歩道橋の一角に、海外移
住資料館があった。展示
してある資料からは、1
00年以上に及ぶ歴史と、
人々の努力や苦労がしの
ばれる。
国際橋の手前を右に入
ると新港パークだ。松林
を背に、海に向かってベ
ンチが並ぶ。
橋を渡ると、ぷかりさ
ん橋の案内板の下に、小
さなステンレスの階段が
あった。それを下りて、
海沿いに歩くと臨港パー
クだ。
横浜ベイブリッジが正
面に横たわり、ここから
見る港はのびやかだ。
広々とした芝生には家族
連れや遠足の子どもたち。
シャクナゲが咲く小道も
ある。
眺める位置によって表
情を変える港の風景やビ
ルの群れ、レトロと新し
さの混在も楽しい。横浜
美術館や帆船日本丸など
に寄り道することもでき
る。
帰りは、クイーンズス
クエアの地下のみなとみ
らい駅から、みなとみら
い線に乗ってもよし、ラ
ンドマークプラザを通り
抜けて桜木町駅へ出ても
いい。(歩いた時間約2時
間)
カテゴリー: 未分類 | コメントはまだありません »
2010年4月5日
<桜とともに歴史味わう>
相模鉄道瀬谷駅から5
分ほど、瀬谷中学校前の
信号から八王子街道まで
の直線道路、約3キロが
海軍道路だ。
2000年に刊行され
た「横浜瀬谷の歴史」
の年表によると、194
0年に上瀬谷原に横須賀
海軍の資材集結所が設置
され、それに伴って瀬谷
駅から道路、鉄道が建設
された、とある。やがて
鉄道は撤去されて海軍道
路と呼ばれるようになっ
た。戦後、海軍施設は米
軍に接収され、いまでも
この道路の北側は、日米
共同使用施設になってい
る。
ホームページ制作 横浜
戦中戦後の歴史を刻む
この道は、いまは桜の名
所として知られる。その
数およそ600本。中瀬
谷消防出張所までの桜は
片側だけだが、その先は
両側に桜並木が続く。
ここまで来ると、並木
に沿って広い農地が開け、
道端のささやぶでは、車
の音にもまけずにウグイ
スが鳴く。車道側に「タ
ヌキに注意」の標識があ
るのも面白い。
基地の広場の一部では、
たこ揚げや、サッカーを
楽しむ家族連れも多い。
花見の時期には大変な人
出だが、ゆったりと散歩
するには、畑にも緑が濃
くなる葉桜の頃がいい。
直線道路にいささか飽
きて、脇道に入った。木
に囲まれた道を下りると、
谷あいに瀬谷中央公園が
あった。ゲートボールや
テニスの壁打ちが楽しめ
る。林の斜面を利用した
すべり台、コブシやケヤ
キに囲まれた「こどもロ
グハウス」もある。
住宅が大門川の小さな
流れに阻まれて、家ごと
に橋が架けられている。
白い手すりの女橋を渡
って行くと「明治年代神
奈川県庁の門」の石碑が
あった。その門に「あじ
さいの里白鳳庵」と掲
示されている。庭を覆う
古木の下に、アジサイに
囲まれた小道が作られて、
一般に公開されている。
花の盛りには訪れる人が
多いそうだ。
桜を眺めるだけでなく、
時の流れを感じながら歩
いた。(歩いた時間約2時
間)
カテゴリー: 未分類 | コメントはまだありません »
2010年3月31日
<街の片隅 清洌な源流>
相鉄線鶴ケ峰駅で降り
ると、気温は30度を超え
ていた。
バスターミナルを出る
と橋の下に帷子川があっ
た。かなりの落差と水量
がある。
WEBサイト制作 横浜
通りを渡ると、高い急
な石段があった。思わず
ため息がでた。しかし、
登り始めると不思議に足
が軽い。ビルで石段が陰
になり、下から吹き上げ
る風に背を押されるよう
に感じる。
登りつめたところに鶴
ケ峰浄水場がある。浄水
場の脇を歩いて、浜水橋
へ。そこから「ふるさと
尾根道緑道」に入る。浄
水場への導水路上を利用
した遊歩道だ。
今宿東公園。濃い緑と
セミの合唱があたりを覆
う。ベンチで目を閉じる
と、住宅が近いのにセミ
の声以外何も聞こえない。
一定のリズムで奏でる大
騒音は、かえって静寂を
もたらす。
帷子川の源流が気にな
って、上流に向かってみ
た。都岡町バス停から若
葉台中央行きのバスに乗
る。
水源は上川井町小川ア
メニティの奥、若葉台団
地のふもとにあった。
直径50センチほどの石
の中心から、清洌な水が
こんこんとわき出ていた。
手を浸すとしびれるほ
ど冷たい。細く浅い水路
を透明な水がさらさらと
流れて行く。少し下流の
幅広いよどみには、マゴ
イが数匹泳いでいた。水
辺をアカトンボが飛び回
る。
水源の隣には、コンク
リート建ての老人ホーム
もある。絶え間なくわき
続ける小さな泉に、大き
な自然の営みを感じた。
水源からの戻り道で、
空中に相模湖から鶴ケ峰
浄水場に通じる水路橋が
見えた。「尾根道」と同じ
口径というが細く、頼り
なげに見える。
ここからは相鉄線三ツ
境駅にでる方が近い。大
貫橋バス停から、三ツ境
駅前行きのバスが出てい
る。(歩いた時間約3時間)
カテゴリー: 未分類 | コメントはまだありません »
2010年3月27日
里山守り育て豊かな緑
輔餐季の森公写薩
駅からも近く、住宅地
に囲まれた所に、緑豊か
な広い公園があった。
緑消防署の脇からは、
四季の森公園プロムナー
ドと名付けられた、歩行
者専用道路がある。石畳
の道は、並木や植え込み
で縁取られ、キジバトが
のどかに鳴く。
翻訳 SEO対策 横浜
公園に入ると、森に囲
まれた大きな池が広がる。
カルガモやアイガモが泳
ぐ。餌を与える人もいて、
人を恐れる様子もない。
七面鳥をアヒルにした
ような鳥がいた。バリケ
ンというのだそうだ。中
南米原産で、飼い鳥が逃
げて来て住みついたらし
い。外来種のこんな大き
な鳥までが、野生化して
いることに驚かされる。
カエルの声がにぎやか
なアシの茂った湿原を過
ぎて、林に入る。木もれ
日が美しい。
遊歩道に、木のチップ
が敷き詰められていると
ころもある。里山を管理
するために切った木を使
っている。
里山は、落葉を肥料に
したり、余分な木を切っ
て炭を焼いたりと、農家
の生活と一体になって作
られた雑木林だ。手を入
れなければ、いずれ常緑
樹の林になってしまう。
この公園の一部は、か
つては水田地帯だった。
ここでは、里山を守り育
てていくために、ボラン
ティアの人たちが活動し
ている。下草を刈り、冬
は炭焼き、春から秋まで、
たんぼで稲作の体験学習
など。
冬の晴れた日には、北
岳まで見えるという展望
台の周辺には、子どもた
ちの遊び場もあって、親
子連れの声がにぎやかだ。
6月中旬には、昼はハ
ナショウブ、夜はホタル
が楽しめる。
JR横浜線の中山駅南
口から約15分。相模鉄道
鶴ケ峰駅から相鉄バスで
「ひかりが丘団地」行きの
終点から3分。(歩いた時
間約2時間)
カテゴリー: 未分類 | コメントはまだありません »
2010年3月22日
竹の回廊抜けて頂上へ
JR横浜線十日市場駅
南口に出ると、まぶしい
日差しとコブシの花が出
迎えてくれた。
歩行者用道路を真っす
ぐ南に5、6分歩くと、
奇妙な光景に出合った。
円形の広場を取り囲む
ように、十数軒の店が並
んでいる。青果、鮮魚、
精肉などの看板が残って
いるが、営業していたの
はクリーニング取次店と
薬局だけ。多くは表戸を
ぴたりと閉ざしていた。
薬局を40年余りやって
きた古川虎雄さん(77)
は「もとは住宅地の中心
にあったバスの終点で、
にぎわっていました。バ
ブル崩壊で市の建て替え
計画が狂い、みんな移転
してしまいました。小さ
な商店街のオープンセッ
トのようでしょ」と、懐
かしむように語る。
裏の谷には、黒沢明監
督の作品のロケ地が残っ
ているという。
WEB制作 横浜
幼稚園横の道を抜ける
と昔の谷戸地があった。
その向こうが「新治市民
の森」だ。
暗い森の中にクマザサ
の白い縁が光る。頂上へ
の道は、両側を高さ10メ
ートル以上の竹が壁のよ
うに続く。つまずきそう
になった。見ると直径15
センチを超える孟宗竹の
切り株が点在していた。
「池ぶち広場」のわきに
は、「撮るのは写真だけ
残すのは足跡だけ」と書
いてあった。
双眼鏡を持って倒木に
腰掛けた男性が「いろい
ろな野鳥に出合えます。
いまはメジロ、ウグイス
など。1年間で25種類確
認しました」と話した。
森の西側の尾根道を歩
いて、駅に戻った。梅が
頭のすぐ上に枝を伸ばし
ていた。大きく息を吸う
と、春の香りがした。(歩
いた時間約1時間半)
カテゴリー: 未分類 | コメントはまだありません »
2010年3月18日
<韓国文化味わえる庭園>
県立三ツ池公園正門か
ら数分のところにコリア
庭園があった。
離れて見ると普通の寺
院のようだが、近づくと
ヘテ石と呼ばれる想像上
の動物が入口を守る。チ
ャンスンという2本の柱
も日本の寺社にはないも
のだ。
ホームページ制作 SEO 翻訳 文章執筆 横浜
庭内は前庭、主庭、後
庭など五つに分かれ、建
造物を含めてすべてが周
囲とは異なる空間をつく
り出している。韓国文化
の奥深さをじっくりと味
わえる庭園だ。
三ツ池公園は上、中、
下の池を中心に広がって
いる。木々が多い。微風
に落ち葉が舞う。イチョ
ウの黄色とモミジの赤が
鮮やかな対比を見せて美
しい。
池にはキンクロバジロ
の群れに混じってホシバ
ジロが泳ぐ。水中から数
十匹のコイが現れ、子ど
もたちがまくえさを水鳥
と奪い合う。
岸には小輪のフユザク
ラが、寒そうに咲いてい
た。
近くに住み夫妻でよく
訪れる浦典子さん(62)
は「冬の渡り鳥、春の見
事なサクラ、秋は紅葉、
夏は孫たちと水遊びと四
季を通じて飽きない公園
です」と話していた。
公園北門から環状2号
に沿って歩き、県道14号
を渡ると鶴見川に着く。
堤防をジョギングの人
たちが行き交う。川岸は
整備され、対岸には数隻
のボートが係留されてい
た。灰色の水が川幅いっ
ぱいにゆったりと流れる。
下流に向かって歩くと
間近にピラカンサがあっ
た。赤い実が冬の景色に
彩りを与えていた。
川面を吹き抜ける風は
刺すように冷たい。国道
14号に降りて鶴見駅行き
のバスに乗った。
三ツ池公園へはJR鶴
見駅西口6番乗り場から
川崎鶴見臨港バスの寺谷
循環または7番乗り場か
ら東寺尾循環で約10分、
寺尾中学入口下車。公園
正門まで徒歩約6分。(歩
いた時間約1時間半)
カテゴリー: 未分類 | コメントはまだありません »
2010年3月15日
往時の城塞
空堀に面影
JR横浜線小机駅の南
口に出た。
県道を渡ると目の先に
雲松院へ通じる道があっ
た。小机城主で後北条氏
の家老だった笠原信為が
父祖を追善して建立した
寺という。
笠原氏代々の墓石が本
堂わきの傾斜地に並んで
いた。本堂の東皐心越筆
の「雲松院」、通用門に掲
げられた月舟宗胡の「臥
龍山」の額を同院執事、
四ツ車慎一さんに見せて
頂いた。
ホームページ制作 SEO 翻訳 横浜
小高い丘陵に包
まれた境内には間伐材を
燃やす煙の香りがほのか
に漂っていた。
山内にある稲荷神社へ
の石段から愛宕山平成遊
歩道が始まる。
初々しい若葉の中を春
の風が吹き渡った。途中
で視界が開けた。正面に
横浜国際総合競技場が銀
鐘楼堂こしに咲き始めた雲松院のしだれ稜か美しい=
いずれも3月中旬
色に輝いて見えた。
再び県道にでる。第3
京浜道路のガードをくぐ
り右折すると小机城趾西
側部分への坂道となる。
上り詰めた駐車場の左隅
に小道があった。
頂上付近から第3京浜
越しに城跡の東部分が見
える。カンビザクラがき
れいに花をつけていた。
もう一度第3京浜の下
を通って「対岸」に着く。
振り返ると見事に小机城
趾を切り裂いた第3京浜
が望める。当時としては
やむを得なかったのだろ
うと思いながらも怒りに
も似た感情がわく。
小机城趾市民の森は、
孟宗竹(もうそうちく)
を中心に自然がよ
く保存されている。空堀
に降り立つと長い時の目
盛りがそのまま残ってい
るように感じられる。空
堀とともに城を守ってい
た鶴見川は今の城跡から
は見えなかった。
城跡から小机駅北口へ
の道にはハクモクレンが
さえざえとした白い花を
咲かせていた。
あぜ道でお年寄りがノ
ビルを採っていた。「酢み
そで食べるとおいしいよ」
といった。
間近に見える競技場か
ら風に乗って歓声がかす
かに伝わってきた。
(歩いた時間約1時間半)
カテゴリー: 未分類 | コメントはまだありません »
2010年3月11日
大倉山公園の梅林のウ
メは約30種類、約200
本あるという。
いずれもつぼみを大き
やばいく膨らませ、野梅は白い
花を、八重寒紅は濃いピ
ンクの花を咲かせていた。
ウメにとどまらない。
常緑樹は若い緑を、落葉
樹の多くは赤い新芽をつ
け、道端の草も新しい命
を育てていた。
文章執筆(ライティング) 横浜
梅林の片隅にある池で
は2羽のアヒルが泳いで
いた。「飼い主は隣のお寺
さんらしいですが」と、
パンくずを与えていた人
が言う。
車が行き交う道路を隔
てた龍松院では、「境内の
池で飼っているのに、何
回連れ戻してもいつの間
にか、梅林に行ってしま
うんです」と苦笑してい
た。
公園内の記念館は、変
わった洋館だというのが
第一印象だ。プレヘレニ
ック様式だそうだ。
館内にある大倉精神文
化研究所の平井誠二さん
らによると、創立者は実
業家で元東洋大学学長の
大倉邦彦氏。昭和7年に
完成した。
日本古来の思考を縦糸
に仏教や西欧の思想を融
合し、日本人のあるべき
精神文化を研究してきた
という。大倉山の地名も
ここから生まれた。創立
者の死後、公園は横浜市
が買い取り、建物も市に
寄贈された。
図書室には聖徳太子を
まんだら
中心にした曼陀羅が掲げ
られていた。ドア、腰板
などに細かい彫刻がある。
長いすは洋風、1階のギ
ャラリーはかつて座禅堂
だったという。
正面階段の途中で見上
げると天井近くから黄金
色に輝く16体の獅子と鷲
の彫像がこちらを見つめ
ていた。
館内には集会室やホー
ルがあって、演奏会を開
いたり、そのための練習
をしたりしているのであ
ろうか、さまざまな楽器
と歌声が響いていた。
東急東横線の大倉山駅
から線路に沿って坂道を
登ると7分余り。(歩いた
時間約1時間半)
カテゴリー: 未分類 | コメントはまだありません »
2010年3月7日
住民が守る
緑の遊歩道
松の川緑道は、東急東
横線日吉駅西口から日吉
中央通りを経て、日吉地
区センターの裏ロ付近か
ら始まる。
始まるといっても「バ
イク進入禁止」とうっす
ら書かれた高さ80センチ
ほどの緑色のポールが幅
約2メートルの道の中央
に立っているだけだ。住
宅にすっぽり囲まれた何
の変哲もない道。それが
第一印象だった。
歩いて行くうち、木や
草が自然のまま保存され、
人の手で丹念に手入れさ
れていることに気づく。
見落としてしまうような
道端の草木に名前が付け
られている。落ち葉はあ
るがゴミは見あたらない。
ホームページ制作 SEO 横浜
この緑道は、市の下水
道事業で埋め立てられた
松の川跡を地元の要望で
遊歩道として整備し、98
年度にできあがった。
緑道を守っているのは
「松の川遊歩道(緑道)の
会」のメンバーだ。代表
の田辺美紗代さん(58)
らによると、「自然を残し、
お年寄りから子どもまで
安心して歩くことのでき
る遊歩道」を目指して女
性が中心になって発足し
たが、いまは多くの男性
が参加しているという。
道は川跡をなぞってう
ねうねと続く。自然にで
きた川や道が決して真っ
すぐでなかったことを思
い出させてくれる。数力
所に湧き水がある。キン
ギョが泳いでいた。高田、
下田の町名からも川沿い
の田を潤していた往時が
しのばれる。
しばらく歩くと次第に
細い道が主役となり、住
宅やマンションは気にな
らなくなっていく。
史跡鎌倉街道、広い車
道など何本もの道路を横
切って約2キロの「緑道」
は高田町で終わった。
この後、アップダウン
の多い道を七福神の福禄
寿で知られる興禅寺、ウ
メには少し早い高田天満
宮を回り東急綱島駅に戻
った。(歩いた時間約1時
間半)
カテゴリー: 未分類 | コメントはまだありません »